日本の政治を象徴する党首討論(6月20日付社説「国の進路を競う党首討論になっていない」に思う)
1年ぶりの党首討論が行われたが、案の定盛り上がりに欠けた。今の日本の政治状況を端的に表しているとも言える。野党が追求しても首相はどこ吹く風で、淡々とかわすだけ。議論は深まらず、あっという間に時間切れ。格闘技で言えば、戦意なしということで、首相側にペナルティというところ。現実の政治では、首相は失点を避け引き分けでいいというスタンスだから、所期の目的を達したということになる。討議時間が全体で45分、その中で4党首が質問に立つという舞台設定にも無理があるのは明らかだ。
日経は社説で、開催頻度を上げるとともに、審議活性化に向けた工夫が必要としているが、他紙も含めて、開催時にコメントするくらいで党首討論に象徴される国会論戦のあり方に変革を迫る気迫に欠ける。その背景には国民のシラケ意識があることは想像に難くない。年金にしても、働き方にしても、安全保障にしても、いま日本は大きな岐路に差し掛かっているのに、国民は自民党に任せておけばそんなひどいことにはなるまい、無茶をすれば野党も吠えるしくらいの感覚で、国会論戦に無関心で、政治から目を離してしまうことが一番危険だ。日本が泥沼の戦争に突き進んだ昭和初期にも、政党間の政争激化で国民が国会や民主主義に幻滅した隙を突いて、軍国主義と対外拡張主義の思想が一気に広まった歴史がある。民主主義は面倒な仕掛けだが、国民が参加の熱意を失って方向を誤った時、その代償は国民が払うことになることは銘記しておかねばなるまい。
日経は社説で、開催頻度を上げるとともに、審議活性化に向けた工夫が必要としているが、他紙も含めて、開催時にコメントするくらいで党首討論に象徴される国会論戦のあり方に変革を迫る気迫に欠ける。その背景には国民のシラケ意識があることは想像に難くない。年金にしても、働き方にしても、安全保障にしても、いま日本は大きな岐路に差し掛かっているのに、国民は自民党に任せておけばそんなひどいことにはなるまい、無茶をすれば野党も吠えるしくらいの感覚で、国会論戦に無関心で、政治から目を離してしまうことが一番危険だ。日本が泥沼の戦争に突き進んだ昭和初期にも、政党間の政争激化で国民が国会や民主主義に幻滅した隙を突いて、軍国主義と対外拡張主義の思想が一気に広まった歴史がある。民主主義は面倒な仕掛けだが、国民が参加の熱意を失って方向を誤った時、その代償は国民が払うことになることは銘記しておかねばなるまい。
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